不登校・登校拒否のはじまり

体験談

不登校・登校拒否のはじまり

2020年1月24日

不登校の始まり

学校行きたくない

12歳の春、突然の始まりだった。
中学校1年生の後半ぐらいからだったろうか。
学校へ行きたくないという想いが強くなった。


イジメられていたわけでもない。勉強が嫌なわけでもない。
担任の先生が嫌いなわけでもない。何故か分からない。
ただ、学校へ行きたくなくなった。


「お腹痛い」「頭痛い」「気持ち悪い」
何かと理由をつけて学校を休むようになった。

決定的になった中学校2年生

体調不良を理由に2日連続で休むことは1年生の時にはなかった。
中2になってから、2日連続、3日連続とどんどん休むようになってきた。
学校にも行きづらくなってきた。
4月後半、完全に学校に行かなった。

1996年の春だった。

1996年の風潮

今でこそ不登校に対する理解は広がってきているのかなと思っています。
ただ、1996年当時は「不登校は学校に戻すのが正解だ。という風潮があった。

親からも何度も学校へ引きずられて連れていかれそうになった。
学校の近くまで車で連れていかれても頑として降りなかった。
担任の先生も何度も朝迎えに来てもらった。
それでも会うことはしなかった。

学校へ連れていかれることは分かっているから。
だから、誰にも会いたくない。
不登校から引きこもりなった。

自分には居場所がない?

児童相談所へ

親もあきらめたのか、無理に学校へ連れて行こうとすることはなくなった。
それよりも目の前の課題は、今引きこもりになっている息子を外へ連れ出すこと。
父は図書館にもよく通っていたようだ。
「不登校」に関する書籍や情報を集めていた。

そんな中で見つけ出したのが「児童相談所」
イヤイヤだったが、ついていた。
これが大きな転機となった。

居場所を見つけられた

児童相談所では隔週に一回。
問題のある子どもに対して児童相談所スタッフ、大学生ボランティアスタッフが遊び相手になるということをしていた。

一緒に料理をしたり、レクレーションしたり、外出したり。
自分を学校に戻そうとする大人ではない人たちと関わり合いを持つことは楽しかった。
自分よりも年下の子たちも多く(小学校低学年ぐらい)兄貴分的に頼ってもらえた。

「居場所」ってあるんだなって思えた。

それでもいけなかった高校

そんな生活を2年間していた。
さあ、高校受験だ。 勉強なんか2年間ロクにしてない。
いい高校になんていける訳もない。

だから、偏差値の低い近くの高校を受講し、合格した。
4月、5月、6月、苦しいながらも高校へ通った。
部活は吹奏楽に入部した。マウスピースから音が出るようになったときは嬉しかった。
ただ、それでも集団生活には慣れていない。

徐々に苦しくなってきた。
学校も少しずつ休みがちに。
夏、限界を超えた。

遂に高校に行かなくなった。

親とのバトルの日々

両親からしたらショックだっただろう。
中学不登校になり、何とか学校に戻せた。
なのにまた行かなくなった。

この辺りから親との確執、特に母親との確執が大きくなってきた。
母親は中卒で仕事をしている苦労人。
ゆえに「教育」に関しては無頓着。
ただ、「周りの目」は気にする人。世間体ってやつだ。
さらに感情的。怒る、泣く。

15歳の自分からしたらただただしんどいだけだった。

〇〇くんは行っているのに何でお前は。 みっともない。 仕事しろ。

よく母に言われたセリフだ。
あぁ、この人には何を行っても理解してもらえないんだなと思った。
そこから母親とは距離を置くようになった。

諦めなかった父

父は行商を生業としていた。
ご近所やお得意さんに魚を売って回っていた。
父としてもまたこのまま引きこもりになるのは避けたかったんだろう。

仕入れのために行く市場によく連れて行ってくれた。
その帰りにバッティングセンターによったり、本屋に寄ったり色々と付き合ってもらった。
そうするうちに自分からここへ行きたいと思うようになる。
どこまで計算していたのかは分からないが、父の思惑通り。

引きこもりは何とか避けられた。

行動範囲を広げる

私が生まれ育ったのは北関東の片田舎。電車もない。バスもない。
アシがないとどこへも行けない。
行動範囲を広げるために、原付の免許を取得した。

どこでも行ける!
楽しくて、一人で色んなところに出て行った。

 

いわゆるニート問題

それまでに何度か就業経験はあった。
親戚のつてで新聞配達のアルバイトをさせてもらった。
工場でピッキングの派遣バイトをした。 長続きしなかった。

2003年から2004年、ニートという言葉が大きくメディアで取り上げられるようになった。

ニート問題、当時自分と同世代の息子が親を殺害、殺害未遂をするというニュースが相次いだ。
当時、二十歳になったばかりだ。
ニュースで映し出される彼らが逮捕され、警察に連行されている姿が将来の自分の姿に見えた。
このままではダメだ。何か変えないと。

初めて実家を出る

両親には自分から告げた。「家を出る」と。
とはいえ、車で1時間ほどの場所で、通ってもらったりサポートもしてもらったりしていた。
何分自活ができなかったので、荒れ放題。
親の助けもあり、徐々に自活は出来るようになった。
この時も親からの仕送りで食べていたので、まだニートの状態である。

最後に

ここまで12歳から20歳までの事を書き連ねてきた。

過去を振り返るは体力がいる。
ここからどう社会復帰できて、自分が父親となった今。

どのように社会復帰できたは次の記事で綴ろうと思う。

 

 

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